偽善的な世の中に波紋を起こす。「命を奪うことを楽しむ人間」の姿を非批判的に描いた映画『サファリ』|GOOD CINEMA PICKS #007

Text: Noemi Minami

Photography: SUNNY FILM unless otherwise stated.

2018.1.26

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「命の価値は誰がつけるのか?」

こんな質問が存在していること自体がおかしいと思うかもしれない。命の価値は誰にもつけられないというのが一般的な道徳だろう。しかし、これはいたって現実的な質問でもある。

サハラ砂漠以南のアフリカ24カ国では野生動物の狩猟が許可されていて、年間1万8500人のハンターが、動物の毛皮や頭だけを目的に狩猟する“トロフィー・ハンティンク”を楽しんでいるのだ。

それぞれの動物に値段がつけられ、ハンターたちはお金を払い、合法で「命を奪うこと」を楽しむ。アフリカ諸国がこのトロフィー・ハンティングで得る収益は年間約217億円とされていて、この貴重な観光収入の獲得のため各国が積極的にハンティングを許可しているという背景がある。

今回の社会問題に焦点を当てた映画を紹介する『GOOD CINEMA PICKS』では、このトロフィー・ハンティングを楽しむ欧州からの観光客ハンターたちの姿を映し出したドキュメンタリー『サファリ』を紹介する。

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「殺す」ことに誇りを持ち、楽しむ人間たち

これまで数々の映画祭で賞を獲得したオーストリアの鬼才ウルリヒ・ザイドル監督の日本公開4年ぶりとなる新作『サファリ』の舞台は、アフリカ南西部に位置する共和国ナミビア。オーストリアとドイツからトロフィー・ハンティングのためにやってきた観光客ハンターたちの姿を追いつつ、ガイドや、そのまわりの観光業で働く現地の人の姿をザイドル監督は皮肉にも、美しくとらえる。

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トロフィー・ハンティングはいうまでもなく残酷な行為だ。ハンターたちは、動物を殺し、解体は現地の人に任す。食べるわけでもない。殺した動物とポーズを決め写真を撮ったり、戦利品として剥製にしたりと「殺す」ことに誇りを持ち、純粋に楽しむハンターたちの姿に嫌悪感を覚える人は多いだろう。

しかし、この映画はハンター批判も、動物愛護を押し付けることもしない。

自身の非道な行いを「ハンティングが管理された条件で行われている限り、それは合法であり実行可能です。特に、 アフリカのような途上国では、人々はそこからお金を得ることができる。私たちは、通常の観光客が2ヶ月で使う費用を、たった1週間で使っている。ハンティングはすべての者に利益をもたらせている」と正当化するハンターの姿。獲物を仕留めたあとに涙を流しながら抱き合う家族の姿。狩りに出る前に互いに日焼け止めを塗りあう老夫婦の姿。

決してハンターたちを正当化しないが、彼らのなかでは成立している“理論”が垣間見られ、ところどころに誰もが感情移入できるような人間の姿が映し出される。

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私はこれまで人生で一度もハンティングをしたいと思ったことはありません。しかし、人間が何故ハンティングに駆り立てられるのかという、人間の内面世界に興味を持ちました。食べ物が必要なわけではないのに、動物を殺すのが何故魅惑的なのでしょうか

ザイドル監督は、映画を作った動機をそう話す。

「人間の気持ち悪さ」を批判せず、そのまま映し出す

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人間の気持ち悪さやダークな側面をモチーフにした作品がこれまでも多かったザイドル監督。同じくアフリカを舞台にした『パラダイス』 3部作(2012)の1作目『パラダイス:愛』では、売春の相手を求めてアフリカに訪れるオーストリアの孤独な中年女性の姿を描いた。現地の黒人男性をまるで肉の塊かのように話す彼女の気持ち悪さが描写されつつも、自分の生きる社会で女としての価値を失った「中年女性」の圧倒的な孤独さもみられる。

「命を奪うことを楽しむ」「売春」といった、道徳の授業では必ず“悪”だと教えられるような行いをする人々を、決して肯定するわけでもなく、否定するわけでもないザイドル監督の態度は一貫している。

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映画評論家ライアン・ギブリーは、彼の作品について次のように語った。

彼の作品には「批判」が欠けている。キャラクターについてどう感じるべきかを彼の映画は教えてくれない。気持ちの悪いものを、一瞬立ち止まってしまうようなショッキングなものを見せつけられるが、そこに感情はない。彼の撮影技師であるエド・ラックマンは「彼の映画は道徳について描かれているが、道徳的ではない」と言ったんだ。つまり、彼の映画は道徳について考えさせるけど、どう考えるかは押しつけないってことなんだ。

(引用元:BBC Radio

「偽善的な世の中」に波紋を呼ぶ映画のちから

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ザイドル監督の作品はその過激さから、賛否両論があるのも事実。『サファリ』の資金調達をしているときに、テレビ局の論説委員に作品中の動物が殺されるシーンや解体のシーンが理由でテレビでは放送できないと抗議を受けたそうだ。これに対して彼は世の中の「偽善」に疑問を投げかける。

彼の立場を考えると、その抗議はもちろん理解できますが、私たちが現在生きている世界がどれほど偽善的なものなのか、一度真剣に考えてほしいと思いました。アフリカのトロフィー・ハンティングは現実で行われています。その現実を強制的に検閲してひた隠すことが、不必要なタブーを作っているのではないでしょうか。それは本当に社会のためなのでしょうか。現実を見ることが大切です。この映画の場合、動物愛護という一側面だけで語ったり、考えてしまってはいけないと思います。動物が殺されているのを隠すことが動物愛護ではないと思います。現実に向き合うことで、本当の意味で視聴者はアフリカのトロフィー・ハンティングについて多角的に考えられます

また、作品が「グロテスク」「醜い」と批判されることが多い事実に対して、「醜いと思うのは、観客が映画の登場人物に自分自身を見るから」と語ったそうだ。

観た人の数だけ異なるメッセージが存在するザイドル監督の作品。みなさんは『サファリ』を観て何を思うだろうか。目を背けたくなるような事実に直面したときに私たちは、人間の闇に、そして自分の闇に気づかされるかもしれない。

 

予告編

※動画が見られない方はこちら

 

『サファリ』

監督 ウルリヒ・ザイドル

脚本 ウルリヒ・ザイドル、ヴェロニカ・フランツ

2016年/オーストリア/90分/16:9/カラー/5.1ch/ドイツ語、オーストリア語/日本語版字幕 佐藤惠子/後援 オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム/配給 サニーフィルム

WDR Copyright © Vienna 2016

配給 サニーフィルム

2018年1月27日(土)よりシアター・イメージフォーラム、2月3日(土)よりシネ・リーブル梅田ほか全国劇場ロードショー

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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