長野と東京の2拠点生活をする男性が、「ホテルで一人暮らし」から「39人との共同生活」にシフトした理由|渋谷の拡張家族ハウス「Cift」が描く未来の生き方 #005

Text: Ai Ayah

Photography: Shiori Kirigaya unless otherwise stated.

2018.5.18

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2017年4月28日に渋谷にオープンした複合施設、「SHIBUYA CAST.」。

都会のど真ん中にあるこの場所で、血縁にも地縁にもよらない「拡張家族」になることを目的に、共に暮らし、共に働く集団がいる。名前は「Cift(シフト)」。

現在のメンバーは39名。半数以上が起業をしていたり、フリーランスのような形で働いている。ファシリテーター、弁護士、映画監督、美容師、デザイナー、ソーシャルヒッピー、木こり見習いなどなど、全員の肩書きを集めると100以上に。大多数のメンバーがCift以外にも、東京から地方都市、海外まで、様々な場所に拠点を持っていてその数も合わせると100以上になる。メンバーのうち約半数は既婚者で、何人かは離婚経験者。2人のメンバーはパートナーや子どもも一緒にCiftで暮らしている。そうした“家族”も含めると、年齢は0歳から50代にわたる。

バックグラウンドも活動領域もライフスタイルも異なる39人が、なぜ渋谷に集い、なぜ「拡張家族」になることを目指しているのか。

本連載では、CiftのメンバーでありこれまでにBe inspired!で記事の執筆もしてきたアーヤ藍が、多様なメンバーたちにインタビューを重ねながら、新しい時代の「家族」「コミュニティ」「生き方」を探っていく。

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アーヤ藍
Photo by Jun Hirayama

第5回目は、長野県小布施町で行政を絡めたまちづくりの現場に、約5年間携わっている大宮 透(おおみや とおる)さん。普段は長野県北部の小布施(おぶせ)町に拠点を持ちながら、月の4分の1ほど、出張のタイミングとあわせてCiftで暮らしている。Ciftの意思決定の場である月に一度の「家族会議」の場で、多様なメンバーたちの意見を調整するファシリテーター役も担っている。

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大宮透さん

自分を育ててくれた街が失われていく寂しさと危機感

アーヤ藍(以下、アーヤ):今、長野県の小布施町に住みながら、いろいろな活動をしているけど、もともと小布施にルーツがあるわけではないんだよね?

大宮透(以下、大宮)うん。もともとは6、7歳まで、山形の蔵王にある、10世帯くらいしか住んでいない山際の集落で育ったんだ。だから山があって雪がある景色が、懐かしさを覚える場所ではあるね。

そのあと群馬県高崎市に引っ越して、高校卒業までいたんだけど、当時高崎の街は、古着屋とか本屋とかおもしろいカフェとかが結構あって、そういう場所で学校帰りに、自分よりも10〜15歳上の大人によく遊んでもらってた。自分の親は大学の教員をしていて、それ以外の職業って全然知らなかったし、自分も進学校の高校に通っていたんだけど、街で会う大人たちは、中卒、高卒の人も多くて、フリーターでバイトをしながら音楽をガシガシやってますっていう人とか、「俺は日本全国にライブハウスをつくる!」って野望を語ってくれる経営者とかもいて、生き方の多様さを教えてもらった。

東京の大学に進学してからも2週間に1回くらいは週末群馬に帰っていたんだけど、その頃から街が変わっていったんだよね。大型商業施設ができて、街中の古着屋とかセレクトショップもどんどんなくなっていって、すごく悲しかった。自分の好きな場所、自分を育ててくれた街がなくなっていくことへの寂しさと危機感は、今の仕事に至る大きな原点だと思う。

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2009年、大宮さんが大学3年生の時に撮影していた高崎の街並み。当時、こうした建物がどんどん壊されていっていたため、「なくなってしまうかもしれない」と思って、よくフィルムで街を撮影していたとのこと。
Photography: Toru Omiya

アーヤ:でも、高崎の街おこしではなくて、小布施に…?

大宮:大学院にいた頃に、高崎の中心市街地の活性化に関わらないかっていうお誘いと、小布施の町長から、今までとはまったく違う形のまちづくりをしたいから一緒にやらないか、っていうお誘いとを同時期にもらったんだ。最初は同時並行で関わっていたんだけど、徐々に高崎のプロジェクトのほうは、面白いけれども、違和感ももつようになったんだよね。

高崎のほうはどちらかというと民間ベースで、行政に頼らずに進めていくプロジェクト。身内のような信頼できる知り合いと一緒に活動させてもらっていたし、ある種とても恵まれた環境だったんだけど、そこに自分が役割を感じられなかったのと、活動をしていくなかで、僕はやっぱり行政のことがやりたいんだ、と気づいたんだよね。

大学の卒業論文を書くとき、「まちづくり条例」っていうものについて研究していて。たとえばある街で大きな商業施設を建てる計画ができました、と。でも住民は寝耳に水だった。そういうときに今までだったら反対する手段は裁判ぐらいしかなかった。でも裁判になったら完全に対立構造になっちゃう。だからそれよりも前に、行政と住民とが、専門家も交えながら、お互いに調整をしていく…っていう仕組み。それがすごく面白かったんだよね。住民が声をあげられる手段があって、ただ単にクレーマーになってしまうのではなく、お互いがお互いに街をよりよくしていくために協働する。それこそがガバナンスだなって。

そういう行政の仕組みに興味を持つなかで、小布施のほうはまさに、「もっと行政を開いていこう」とする動きで、しかも町長自ら主導している。毎回行くたびに、行政職員のほかに、町外のコンサルの人とか、30代中盤後半の若手の商工会メンバーとか、大学生も大学教授もいて、みんなが同じテーブルについている。その多様性が難しさでもありつつ、すごく面白く感じた。だから小布施のほうにコミットすることを決めたんだ。

大宮さんも制作に携わった、小布施町のまちづくりのドキュメンタリー映像『おぶせびと』。20分あたりには、大宮さんと小布施町長のツーショットシーンも。
※動画が見られない方はこちら

大好きなホテル暮らしを手放して飛び込んだCift

アーヤ:透くんはけんちゃん(Ciftの発起人・藤代健介)と元々知り合いだったから、けんちゃんからCiftに誘われたのだと思うけど、入ろうって決めたポイントはどこにあったの?

大宮:複合的な理由があるかな。もともと月の5分の1くらいは仕事で東京に通っていて、そのときはいつもホテルに泊まってたんだよね。お気に入りのホテルがあって、常連になって、大体いつも同じ部屋を用意してくれるようになってたりして(笑)。

当時はホテルに定期的に住まうことが自分に必要だったんだよね。小布施にいると自宅にもいつも地域内外の人が来ては、仕事に関わるような話をしていたから、常にオンモード。東京に出る時はさらに、必要なリソースをとりに行くから“狩りをしにいく”感覚。だから、誰にも干渉されることなく、一人で「自分」に戻れるような場所がほしかった。ホテルの部屋に入るともうウキウキで(笑)、すぐ風呂!そしてあがったらビール!(笑)っていう感じで過ごしてた。

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アーヤ:そんな大好きなホテル暮らしを手放してCiftに…?

大宮:そうそう。だから正直、最初に話を聞いたときは、「大事なオフモードの時間がなくなるなんて困る!」って思ったし、自分には向かないと思ったんだよね。

でも、Ciftができるよりも前に、けんちゃんに小布施でのプロジェクトに関わってもらっていて、それが、「月の4分の1以上、定期的に来てもらう人を増やそう」っていうものだったんだ。住民票を移して完全に移住してもらうのではなく、かといって、ただ観光するだけでもない。仕事でもプライベートでも何でもいいから、何かしら目的をもって、小布施のコミュニティに自分の時間の4分の1関わってもらう。Ciftも、多拠点居住者の1拠点として暮らしてもらうことをひとつのポイントにしているけど、そういう対話をけんちゃんと重ねていたから、Ciftのコンセプトとか形態を、感覚としてすぐに理解できた。それに逆に、小布施に4分の1移住してもらう人の気持ちを分かるためにも、自分自身が、小布施とはまったく環境が異なる東京で、日常をつくるチャレンジをしたほうがいいんじゃないかと思ったんだよね。

あと、地域の仕事をしていると、視野や思考がそこに集中しすぎて、狭まってしまいやすい。Ciftの多様なメンバーから違うエッセンスをもらうことで、小布施や長野を客観的に見つめ続けられるんじゃないかとも思ったかな。

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大宮さんが暮らしているCiftのシェアルームのメンバーと小布施合宿をした際の写真
Photography: Cift

都市部の“定住しない層”が見逃していること

アーヤ:地方のほうがコミュニティが家族みたいな近さや密度があるのかなって思うんだけど、Ciftみたいな拡張家族を目指すコミュニティって、都会だからこそ機能していると思う?小布施みたいな地域でも必要だと思う?

大宮:密なコミュニティを意図的に作り出す必要があるのは、都市部のほうだと思うよ。僕は、出入りが超自由すぎるコミュニティはあまり深まっていかないと思っていて…。地方の場合、そこに入り込んで暮らすこと自体のハードルが高いし、暮らし続けることを前提にした人たちが大半を占めるから、みんな長期目線なんだよね。「これを言ったら、のちのちすごい影響するんじゃないか」とか、「誰かを傷つけるんじゃないか」「これは出過ぎた真似だって思われるんじゃないか」とか、コミュニティの全体像を意識しながら、みんな判断していく。だからこそ地方の場合には、逆に、都会的な要素をもった尖った人を意識的に磨くこと、そういう人の居場所をつくることが大事なんだけど…。

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東京の特に若い世代…年齢ではないかもしれないけど、定住せずにぴょんぴょん移動し続けている人だと、例えば近所の年配の人から、ゴミ出しについてしつこく注意されたら、「じゃあもう出て行くよ!」ってなっちゃうと思うんだよね。自由に選べるからこそ深まっていかない。でもそうやって口うるさく言ってくるおばちゃんも、ちゃんとコミュニケーションをとっていったら、そこには何か事情だったり意味があるかもしれない。

Ciftは「暮らしを共にする」っていうことが肝だと思うんだけど、ちゃんと入り口も出口もオープンにはなっているけど、とはいえ、住まいを変えるのって大変だしさ。1年とか2年とか一定期間でもいいから、住み続けるっていう意志をもってみんな入ってきてるでしょ。定住はしてはいないけど、多拠点のうちの一つがこういう深めていくコミュニティになっているのは、すごい大事なんじゃないかなって思っているよ。

アーヤ:私も定住せずにぴょんぴょんしている身だから刺さってくるわ(笑)。

「拡張家族」ならではのガバナンスのあり方

アーヤ:Ciftに入って1年ほど経つけど、どう?特に、年明けから「家族会議」(Ciftで月に一度、重要事項についてメンバーで話し合ったり意思決定をしたりする機会)の運営を、透くんたちが担うようになったから、Ciftでも気を抜きにくくなっていないか心配になる時もあるけど…?

大宮:最初の半年くらいは慣れなかったというか…。東京に来るときの“狩りのモード”が抜けなくて、帰ってくると疲れきっているから「ひとりになりたい」っていう気持ちが先行して、共有スペースに行く気になれなかった。特にここはクリエイティブな人たちがいっぱいいるから、「Hey!」って元気にいかないといけないような気もしていたし。だから、自分の部屋に直行して寝ちゃうことが多かった。安らぐホテル生活から、気を遣うホテル生活に変わったみたいな感じだったね(笑)。

でも徐々に、「一人で時間を過ごすためにCiftに入ったわけじゃない!」っていう思いも強くなって、意識的に共有スペースに出るようになっていった。それに逆に役割を得たことが僕にとっては大きかったかな。自分の立ち位置とか貢献できる部分、関われる部分があることで安心できる。それって血縁の家族や他のコミュニティでも同じところがあるんじゃないかと思う。

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アーヤ:そっかそっか。家族会議の運営の部分って、Ciftを動かしていくうえでもかなり肝になると思うけど、そこを担っていくなかで気づいたことはある?

大宮:Ciftのメンバーってものすごく多様で、自分の意見がはっきりしている人もいれば、そういう強さに居心地の悪さを感じる人もいる。「拡張家族」っていうものを共通概念として置いているから、「家族なのに」とか「家族なんだから」っていう、価値観の衝突もおきるしね。そういうなかで全体のガバナンスを無理なくできるような仕組みをつくるのは、普段行政に関わっている身としても、すごくチャレンジだなって思っているよ。

それに、自分がある種怖さを感じるような人たちもいるし、苦手に思ってきた年代の人たちもいる。今までだったら「あなたはあなたでどうぞ」って関わらないようにしていたけど、「拡張家族」になったことで、今はちゃんと向き合いたいって思う自分がいるかな。

アーヤ:私もCiftメンバーの半分くらいは、ここでなければ出会っていなかったり、出会ったとしても、深まることはなかったんじゃないかと思うんだよね。

大宮:そうそう。だから「拡張家族」っていう言葉がある種、良い意味で縛ってくれている部分があって、だからこそ向き合えるっていうか。それってすごいことだなって思ってる。

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月に一度の家族会議。年明けから大宮さんがファシリテーターを務めている。
Photography: Cift

「家族なんだ」と決めた意志が、居心地の悪さを解消した

アーヤ:家族観が変わっていった感じはある?

大宮:大きな気づきは「自分が決める」ことが大切なんだということ。これまで人間関係を築くときに、何かしら評価基準をもって見ていた自分がどこかでいたんだよね。この人は自分に合うのかとか、一緒に何かやっていけそうかもしれない、とか。

Ciftに入ってからも、「この人は合うのかな、合わないのかな」って考えていた時の自分は、すごく居心地が悪かった。でも「僕はもうこの人たちと家族なんだ」「今はなんとなく苦手な気持ちをもっているかもしれないし、もしかしたらそのまま持ち続けるかもしれないけど、家族ってそういうなかでもやっていくよね」…みたいな。ある種の発想の転換をしたことで、変わっていった感じがするんだよね。

相手との関係を築いていって、その人の背景を深ぼりしていって、自分にもいろんなフィードバックをもらって…。気付くことも傷つくこともあれば、何かやらかしちゃうこともあるかもしれないけど、家族ってそういうのも含めて許しつつ、一緒にやっていくものじゃん。だから決めるっていうことがすごい大事なんだって、思うようになったかな。

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住まいも、仕事も、情報源も、恋愛も、関わるコミュニティも、かなり自由に「選択」ができるようになっている現代の日本。それはともすると、嫌なことや辛いことがあったときに、諦めたり逃げたりすることも容易にしうる。

そんな時代において、「家族」という拘束感のある選択をしはじめた私たち「拡張家族」。そこには生まれながらの家族以上に、「家族になる」決意が必要になる。そしてそこでの経験が、ひるがえって、オリジナルの家族を見つめ返す視点や、他のコミュニティとの関係性を結びなおすヒントも生み出しうる。

複数の”居場所”をもつことで、それぞれでの学びや反省が「循環」していけば、社会全体がより豊かな繋がりに満ちていくのではないだろうか。

次回の連載もお楽しみに!

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Toru Omiya(大宮透)

政策コンサルタント、共創コーディネーター

1988年山形県生まれ、群馬県出身。
大学・大学院で都市計画やコミュニティデザインを学び実践したのち、2013年に長野県小布施町に拠点を移し、政策立案や官民協働を推進する仕事をはじめる。現在は、公共を担う行政組織が、民間企業や大学、市民などの多様な主体とつながり、共創的に課題解決を実現するための場づくりや仕組みづくりを主な生業に、長野をはじめ全国の自治体と協働している。

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Ayah Ai(アーヤ藍)

1990年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。
ユナイテッドピープル株式会社で、環境問題や人権問題などをテーマとした、
社会的メッセージ性のあるドキュメンタリー映画の配給・宣伝を約3年手掛ける。
2018年4月より、フリーランスとして新しい道を開拓中。

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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