こんにちは。赤澤 えるです。
思い出の服を持ち寄る連載『記憶の一着』、第11回です。
たくさんの服が捨てられる世の中で、残る服って何だろう。
それはどうして残るのだろう。それを手放す時ってどんな時…?
服の価値、服の未来、ゲストのお話をヒントに考えていく連載です。
本日のゲストは、人気ブランド「earth music&ecology(アース ミュージックアンドエコロジー)」をはじめ、15ブランド・900店舗を国内外で展開するストライプインターナショナルの創業者である、石川康晴さん。私がディレクターを務める「LEBECCA boutique(レベッカブティック)」も同社のブランドです。社会に多大な影響を与え、全く無名の私に人生最大の転機を与えた彼が選ぶ、「記憶の一着」とは?

初めて作った服、最後に作った服
赤澤 える(以下、える):『記憶の一着』について聞かせてください。
石川 康晴(以下、石川):20年前に作ったTシャツです。90年代後半、僕が27歳の時。初めてデザインしたものと最後にデザインしたものを両方持ってきました。

える:石川さん、デザイナーもしてたのですね。
石川:うん。これは「e hyphen sixty-six(イーハイフン シックスティーシックス)」というブランドなんだけど、今も会社にあるブランド「E hyphen world gallery(イーハイフンワールドギャラリー)」の前身に当たるブランドです。
える:もう既に会社を作って、社長業をしていましたか?
石川:やってた。小さなアパレル会社を岡山で始めて4年目の時。今の規模になるなんて想像していなかった頃だね。こんなのばっかり着てたよ。この2枚には5年の差があるし今となってはブランド名も変わったけど、なんだかテイストが似ていると思わない?
赤澤:そうですね。今のイーハイフンの軸に通ずるところを感じます。これを作った頃って、今の会社を代表するブランドであるearth music&ecologyはどんな感じでしたか?
石川:無かった。このTシャツを見てアースだって思わないでしょ。オーガニックもナチュラルも程遠い感じだよね。

社会が嫌いで、ストレスをデザインにしていた
える:このTシャツはどういう思いで作ったのですか?
石川:当時は社会が嫌いだったんですよ。だからアンチテーゼというか。その頃は原宿とかで活躍してるデザイナーのブランドも大嫌いで、世界中のラグジュアリーブランドのデザイナーが作っている服も否定していて。考え方がPUNKだったんです。だから自分の考えていることを表現したくてこういうスタイルのモノを作っていました。自分の社会に対してのストレスをデザインにして、それに共感してくれる人が着てくれて。そういう時でした。
える:通販が無い時代に、岡山という地で尖ったことをやっていたんですね。
石川:うん。これは6,800円で売ってたんだけど、生産する量が少ないからその分値段が高くなってたんだよね。今のストライプインターナショナルなら3,900円で作れるくらいのものだと思う。僕は量を増やしたくて、山形まで売りに行きました。岡山から車で。
える:どうして山形?
石川:当時、山形に僕と同じ価値観のオーナーがいたんだよね。雑誌のFRUiTSで知った店で、このTシャツを持って飛び込みで営業しに行きました。「うちの服置いてくれないか」って。今はもうその店も、置かれていたブランドもほとんど無くなってしまいましたね。コンセプトを貫き通していた人たちがマーケットから消えてしまったというか。
える:ストライプインターナショナルは、そこに対して柔軟だったから今がある…?
石川:そうですね。信念や理念は絶対変えちゃいけないけど、遊牧民族のように水や草木のあるところに緩やかに動いていかないと、社員全員を守れない。そういう意味で、こういうパンクの方向性からナチュラルでガーリーなearth music&ecologyを作ったんです。
える:すごい振れ幅ですよね。
石川:そうだね。でも、このTシャツのブランドのフィロソフィーはE hyphen world galleryに残っている。ティーンズに買ってもらうために値段を安くしたり変わってはいるんですけど、来店する子を見ているとドクターマーチンやラバーソールを履いていたりして、それを見ているとどこかであの当時のことを感じてくれてるのかなと思います。

20年ぶりに始めたデザインの仕事
える:遊牧民族という表現がありましたが、次に水や草木があると石川さんが感じることは何ですか?
石川:実は僕、20年ぶりにデザインを始めたんです。koe(コエ)というブランドでね、退職したメンズデザイナーの代打だけど2,3年くらいやってみようかなと思っています。もう一回色々見つめ直すには良いタイミング。このTシャツのようなデザインにはならないよ。20年経って、反骨精神やボディピアスがお洒落で人気者という時代じゃない。
える:大きく変わったのですね。次のデザインにはどんなコンセプトがあるのですか?
石川:僕がkoeでやりたいと思っているのは“新しいトラッドを作る”ということ。koeのメンズは “ドロップ&テーパード”というのが軸にあって、それを日本のスタンダード、新しいトラッドにしたいと思っています。そのコンセプトで自分たちの考え方や着方を作っていきたい。社会を作るとか社会に何か問いかけるということにおいて、服の力って凄くあると思うんです。20年前とそこは変わらない。けど、このTシャツでの思いとは全然違うね。今少し服ができてきたけどまだ50点くらいかな。でもやりたいことが半分はできている。
える:やりたいことって?
石川:高い値段で良いものを作るって誰でもできるけど、3,000円だとかそういう制限がある中で良いものを作るとなると能力差が出るんです。koeでは、これが3,000円で買えるのか!ってものを作りたい。すごく楽しいです。今はお金を使う先がたくさんあるので、色々なことに生きている人たちがいますよね。そういう人たちに服を提供していきたい。お客様の限られた予算の中で最高のパフォーマンスやデザインを提供していきたいと思って、koeのメンズを作っています。
える:20年前とはまた違う、新しい挑戦ですね。
石川:そうだね。earth music&ecologyも立ち上げ時もデザインをしていたんだけどその時ともまたテーマが違うし、僕が今まで作ったことのないものです。パンクからエコロジー、そして次はトラッド。何をやっても楽しいけど、いつも新しいカルチャーを作りたいと思っていて。日本のネオ・トラッドを世界中の人が着てくれるようになってほしいなと思って、ファッションの街である渋谷でこれを仕掛けていきたいです。
える:世界中の人の“記憶の一着”になる可能性がありますね。
石川:そうなったら嬉しいね。

アースは“世界で一番捨てていない”?
える:今の話だと、私のやっているブランドって全然違いますよね。社長がトラッドなら、私はレトロ。
石川:そうだね。えるのブランドがやっているのは服だけじゃないよね。えるにはえるの理念がある。
える:私には私の理念ですか。それでいうと、ちょっと言いづらいことですが「earth music&ecologyをやっている会社ですよね?あなたのような考え方の人がその会社でよくブランドをやっていられますね。どうしてですか?」というようなお言葉をいただくことが何度かありました。私はブランド創設当初、疑問に感じることがある度に全て石川さんに投げつけていて。納得いくまで何度も。夜中に何時間も電話で問い詰めたりとか、無理矢理ごはんに連れて行ってもらって質問を浴びせたりとか、なかなか既読がつかないLINEにはスタンプをたくさん送って急かしたりとか(笑)
石川:懐かしいね(笑)
える:はい。あの時は失礼だとわかっていながらも石川さんを追いかけ回して、全てに細かく答えをいただいていました。そうしないと気が済まなかったんです。でもそういうことに石川さんがとことん付き合ってくださって、全てに答えてくださったあの長い長い時間があったからこそ、今この理念を持ちながらブランドを続けさせていただくことができていると思うんです。だからそういうお言葉に対して、簡潔に言い表せる答えを持っていなくて。石川さんこそが答えを持っていると思うんです。どう思いますか。
石川:ファッションって多様性というか、人とかぶるのが好きな人もいれば、かぶらないのが好きな人もいて。どちらも否定してはいけないと思っているんだけど。えるのブランド・LEBECCA boutiqueは1店舗のみで本当に少量生産で、廃棄も限りなく無い状態まで持ち込んでいて。えるが服に対して発信する物語があって、その物語も一緒に買っていただいているよね。そういうブランドも必要だと思う。
一方でearth music&ecologyは何百店舗もあるけれど、恐らく世界中の同じような規模のブランドの中で一番服が捨てられていないブランド。一番消化率の高い、一番廃棄の少ないブランドをずっと創業から維持できているんです。

える:すごい!
石川:僕たちはバーゲンでは安く売ったりするけれど、他ではブランディング維持のために安くせずに大量に廃棄する方法をとるブランドもある。ブランドイメージを下げないようにするためだけど地球には悪いことをしている、というブランドはすごく多いです。earth music&ecologyの場合はいつも安いねってイメージだけど、実は一番服を捨てていないんです。ブランド名にエコロジーと付いているけど、オーガニックコットンやヘンプを使ったり草木染めをすることだけじゃなくて、本質的に一番大切なエコロジーって“捨てないこと”でしょ。だから、これからもearth music&ecologyが一番大切にしてきた消化率100%に近づけるということは実現したいし、えるはえるで違う視点でやって行ってほしいと思う。根底にあるものは近いよね。
える:私も近いと思います。
石川:大量に作っていると、大量に廃棄しているだろうと決めつけられてしまうんです。それは世界中のファストファッションがやっているかもしれないことでearth music&ecologyがやっていることではないんですよね。大量に作っていても大量に捨てていないブランドがあるということは胸を張って言いたいし、社会に伝わるといいなと思っています。

アパレルの進むべき方向は“廃棄ゼロ”
える:この服を手放す時が来たとしたら、どんな時ですか?
石川:大切にしてくれる人がいたらあげても良いな。20年持ってたからね。捨てられない。これが無くなったら僕がデザインをしていたというアーカイブが無くなってしまう。岡山の家じゃなく東京の家に持ってきていて、引っ越してもその度に一緒に移動してた。もう体型的には着られないんだけどね(笑)
える:その服を捨てないと答えてくださいましたが、石川さんは“服が大量に捨てられている”という深刻な問題をどう感じていますか?
石川:やっぱり良くないよね。極論で言うと受注生産というか、どの企業も一点も捨てないというポリシーになるのが一番良いし、アパレルの進むべき方向は“廃棄ゼロ”だと思う。ただ、一方でお客様は触ってみたいし着てみたいしたくさんある中から選びたいという気持ちもある。
える:私のブランドも、koeも、earth music&ecologyも、誰かしらの“記憶の一着”になっていると思うのですが、石川さんはそこに対してどう感じていますか?
石川:嬉しいよね。僕は、服って人のモチベーションだと思うんです。僕もこのTシャツの頃は創業して間もなかったから食えなくてガリガリで、これを見ているだけで厳しかった時を思い出すんです。服を大事に大事に買っている人はそれぞれの服にちゃんと思い出があるんじゃないかなと思う。逆に適当に服を買っている人にはそれが無い気がする。僕が言うと生意気なんですけどね。この服を着て誰かに会おうとかイベントに出ようとか、その先にある目的の手前に服があるというか、そういう役割になればもっともっと服を雑に扱わない社会になるんじゃないかな。

叩かれても“ハーフオーガニック”
える:このTシャツは良い生地を使っているからこそ残ったのかもしれませんよね。答えにくいかもしれませんが、良い素材を使わないで安く作っていたらすぐボロボロになって結局捨てません?
石川:その点で言うと、 “ハーフオーガニック”という裏コンセプト的なものがkoeにあるんです。これを言うと叩かれてしまうかもしれないんだけど。胸を張って“ハーフオーガニック”と言っています。コーラも飲むけどハーブティーも好き、ジャンクフードも食べるけどオーガニックの野菜も好き、僕はそれが人間な気がしていて。
える:確かにそれが人間な気がする。
石川:koeの服もそういう感覚でありたいんです。このナイロンブルゾンはケミカルな作り方だけど耐久性に優れているとか、オーガニックコットン100%のTシャツは製造工程は良いけど耐久性の面ではちょっと弱くて廃棄に繋がりやすいとか、このどっちもどっちな感じが良い意味で“ハーフ”。
える:わかるかもしれない。
石川:この“ハーフオーガニック”ってきっと10年くらいかかるんだよね。僕たちの言うオーガニックというのはオーガニックコットンを使うことだけじゃなくて。“この商品は貧困国の製造現場で働く工員のボーナスをあげるために販売する商品です“というものを作りたいんです。僕たちの中ではこれもオーガニック。ナイロンを作ってリユースし続けることもオーガニックだし、店内の1割をオーガニックコットンの製品にすることもオーガニック。まだ確定とはいかないけど、渋谷のhotel koeでは年に一度エシカルウィークを開催したいなぁなんてことも考えています。

Photo by Kenta Hasegawa
える:それは嬉しい!
石川:カオスでケミカルな渋谷から、自分たちのフィロソフィーに合ったゲストを呼んでトークショーをしたり、世界中のエシカルマインドの人に来てもらって…。
える:フィロソフィーって前述の“ハーフオーガニック”ですか?
石川:そうだね。なんというか、全身草木染めしか着ませんというのは僕たちとはちょっと違うんです。僕たちは“ハーフオーガニック”が今一番ベストなパフォーマンスだと思っているから。大きなファストファッションブランドが“ハーフオーガニック”になったら、100%オーガニックで1億円くらいの規模のところよりもよほどソーシャルインパクトが強いと思う。僕たちは規模を選んだ会社だから、それを選んだ会社としてソーシャルインパクトを出す。これを考えた場合“ハーフオーガニック”を取り入れたいと考えています。ただ、えるのような匠の規模で徹底的に100%に向けていくというブランドもあって良いと思うんですよ。
える:私たちのブランドも実際のところ今は“ハーフオーガニック”です。
石川:僕は、“100%オーガニック”という50年の活動より、僕たちの“ハーフオーガニック”という数年の活動の方が地球は青くなると思っています。世界で展開するブランドが、エシカル業界の人から叩かれることを覚悟で“僕たちはハーフオーガニックです”と言うことは大きい。
える:そうですね。石川さん、やっぱりいつもどこかにパンクの精神がある。20年前と同じ。
石川:そうかもしれない。今は僕たちの製造ラインに関わっている人たちに喜んでもらいたいとか、そういうことを考えてやっています。毎年5%ずつくらいしか改善しないかもしれないけど、10年くらいかけて僕が57歳になった頃には“ハーフオーガニック”が店全体に散りばめられていて、“ハーフオーガニックなkoe”が世界にソーシャルインパクトを与え出す、というのが今の僕たちのイメージです。僕たちは新品も作るし、中古ビジネスもやるし、レンタルビジネスもやるし、捨てられないように仕組みを作るっていうのも大事なオーガニックかなと思っています。

知名度があるわけでもない、これといって外見に特筆すべき魅力があるわけでもない、ただのフリーターだった私の人生と価値観を大きく変えた石川さん。そんな彼が考えていることや大切にしていること、1人の人間としての意見、今回はそれが聞けた貴重なインタビューでした。
「ファストファッションブランド=全て悪」だと決めつけて彼に詰め寄った日々を思い返すと少し恥ずかしくなります。黒潮のマグロのように止まることを知らない経営者である石川さん。次にどんな影響を社会に及ぼすことになるのか、非常に楽しみです。
私も同じ会社の仲間として負けていられない!
貢献したいし、感心させたいし、驚かせたい。頑張ります。
石川 康晴
石川康晴(いしかわ やすはる) 株式会社ストライプインターナショナル 代表取締役社長兼 CEO
1970 年 12 月 15 日岡山市生まれ。岡山大学経済学部卒。京都大学経営管理大学院修了。 公益財団法人 石川文化振興財団 理事長。
94 年創業。95 年、クロスカンパニーを設立。
99 年に「earth music&ecology」を立ち上げ、売上高はグループで 1300 億円を超える。 グループ従業員は約 6000 名、店舗は国内外合わせて約 1400 店舗まで拡大。
2011 年 9 月には中国に進出。宮﨑あおいを起用したテレビ CM でも注目を集める一方、 女性支援制度の充実、地域貢献活動へも積極的に取り組む。2011 年から 2017 年まで 内閣府男女共同参画推進連携会議議員を務めた。
2016 年 3 月に、株式会社ストライプインターナショナルに社名を変更。
2016 年 7 月企業家大賞、2017 年 1 月経済界大賞ライジング賞受賞。

Eru Akazawa(赤澤 える)
LEBECCA boutiqueブランド総合ディレクターをはじめ、様々な分野でマルチに活動。
特にエシカルファッションに強い興味・関心を寄せ、自分なりの解釈を織り交ぜたアプローチを続けている。

▶︎これまでの赤澤えると『記憶の一着』
・#007 ガールズバンド「suga/es」佐藤ノアの『記憶の一着』
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All photos by Ulysses Aoki unless otherwise stated.
Text by Eru Akazawa
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