北朝鮮の本当の姿とは?英紙ガーディアンの記者・写真家が捉えた北朝鮮の“現実的な生活”|GOOD ART GALLERY #017

Text: YOSHIWO OHFUJI

Photography: ©Oliver Wainwright

2018.8.9

Share
Tweet

「北朝鮮にいってきた人がいる」

そう聞いた途端、たくさんの疑問が湧き上がってきた。「なんで?」「どうやって?」「どんな国なの?」「旅行で?」「食べ物は美味しかった?」、エトセトラ。

ニュースやSNSを通して毎日のように北朝鮮の話題を目にする。けれど、私たちの多くはそこにどんな人が住んでいて、どんな生活を送っていて、どんな気持ちを抱えて日々過ごしているのかを知らない。

一番よく耳にするのに、一番よく知らない。情報量と認識の歪さが筆者をこう思わせる。

「なんか怖い」「暗い」「しめっぽい」「本当に人が住んでいるのかな」。

それはもはや異国というよりは異世界の感覚で、要するに筆者は北朝鮮がわからないのだ。

知らない、わからない、はたいていの場合、知りたい、という好奇心に帰着するわけだけど、北朝鮮の事に限って言えば、知る術さえないというのが正直なところだった。

だから、北朝鮮に行って、北朝鮮の建築の写真を撮ったフォトグラファーがいるということを知ったとき、迷わず彼の話を聞いてみたいと思った。 その人の名前はOliver Wainwright (オリバー・ウィンライト)。ロンドン在住のライターでフォトグラファーだ。北朝鮮への旅で彼が撮影した建築物の写真は『INSIDE NORTH KOREA』という書籍にまとめられている。彼は一体どうして北朝鮮に行って、そこで何を感じたのだろうか。

width=“100%"

ーこんにちは。まず、簡単に自己紹介をお願いします。

私はロンドンでライターとフォトグラファーをしているオリバー・ウィンライトといいます。ケンブリッジ大学やロイヤル・カレッジ・オブ・アートで建築を学び、その後、Zaha Hadid(ザハ・ハディド)などを輩出したオランダのOffice for Metropolitan Architecture(OMA) を含むいくつかの建築設計事務所に在籍していました。その間の主な仕事は、ロンドン市長の官舎の建築、設計ですね。2010年からは報道の仕事にうつり、2012年からイギリスの新聞の一つ、ガーディアンで建築とデザインの批評を行っています。

-仕事は設計事務所から報道へと変わられたそうですが、 仕事の主幹には常に建築がありますよね。どうして建築に興味を持ったんですか?

私はいつも身の回りのものに興味を持っていました。とりわけ、建造環境を形成する社会的、政治的、文化的あるいは経済的な力について関心がありました。大学で何を学ぶか悩んでいたとき、 建築は、政治や哲学、地理学や芸術、デザインにいたるまで、私が興味を持っていたありとあらゆるものを網羅しているようにみえたのです。

width=“100%"

-建築の仕事に携わるなかで、なぜ北朝鮮に行こうと思ったんですか?

北朝鮮に行こうと思い立ったのは、2014年のことです。私は、ヴェネツィア建築ビエンナーレ*1で北朝鮮の建築家が描いた絵を見ました。その絵からは、孤立した彼らの母国で、 “観光の未来”がどのように描いているのかが見て取れました。 そこには宇宙間を移動する軍用の輸送船や、崖の上にピッタリ密着するように建っている円錐状の鏡面ガラス貼りのホテルが描かれていたんです。そうした未来予想図は、明らかに一昔前のものでした。宇宙家族ジェットソン(1960年代からアメリカで人気を博したアニメ)や、ダン・デアコミック(1950年代のイギリスのSFコミック)に描かれていそうなものだったんです。

さらに、キュレーターを務めていたNick Bonner(ニック・ボナー)氏が、この絵のなかに描かれているような建築物は、実際に北朝鮮の首都、平壌(ピョンヤン)で建設されているものとそう遠くないのだと教えてくれました。 そのとき、彼が冗談を言ってるのかとも思いましたが、それが冗談なのか本当なのか答えを知る方法は一つしかないと思いました。その翌年に彼が平壌の建築物を回るツアーを企画していたので、私は迷いなく参加を決めました。

(*1)イタリア・ヴェネツィアで2年に一度開催される、国際展覧会「ヴェネツィア・ビエンナーレ」の建築部門

width=“100%"

-なるほど。実際に行く前と行った後で北朝鮮の印象は変わりましたか?

行く前に私が想像していた北朝鮮の首都は、典型的なソ連の都市のようなものでした。たとえば、単調な灰色のアパート群や、記念碑が立ち並ぶ大通り、軍隊の軍事力を表すような巨大な吹きさらしの公共スペースのようなもの。

けれど、実際の平壌の街はそのイメージと全く違いました。 濃く色付けされた様々な色の建物、いくつかの建築に見られた独創性。平壌は私がこれまで訪れたなかで最もカラフルな都市の一つと言っても過言ではありません。 そこには、一般的なコンクリートのアパートがありましたが、それらはすべてパステルカラーで塗装されていました。ベイビーブルー、テラコッタ、黄土色、そしてミントグリーン。 まるで、誰かが街中に甘い香辛料の包みを空っぽになるまでふりかけたかのようなカラフルさです。街中を埋め尽くすパステルカラーの塗装は、室内に入ってもなお続いていました。 各室内の壁には、指導者の肖像画が飾られていて、 彼に対する崇拝を促すためにすべてのインテリアが慎重に配置されていました。

width=“100%"

-この旅において、最も興味深かった建築物は何ですか?

平壌では、1989年に第13回世界青年学生祭典(共産主義圏におけるオリンピックのようなもの)が開催されました。この期間に向けて、国家プロジェクトとして建てられた多くの建築物は、この国の建築において興味深いものばかりです。

また、超巨大な綾羅島メーデー・スタジアムは、今なお、世界最大のスタジアムとして知られており、大きく開いた花びらのような形をしています。 他にも、コンクリート製のティピー(アメリカインディアンの移動式住居。テントのような形状をしている)のような形に設計された国際アイススケートリンクがあります。

Chongchun Sports Street(忠誠スポーツストリート)には、大きなコンクリートアリーナがいくつかあり、それぞれがそこで行われる競技を表現したような設計です。たとえば、ウェイトリフティングのアリーナは大きなダンベルの形をしていて、バドミントンアリーナの屋根はバドミントンのシャトルのような形をしています。

width=“100%"

-今回出版された写真集『INSIDE NORTH KOREA』の見所を教えてください

この本で、私の一番のお気に入りは、新たに改築されたメーデースタジアムの写真です。1989年に建設されたメーデースタジアムは、2015年に私が訪れたときには、ちょうどリノベーションされたばかりでした。 新しいロッカールームや理学療法室、プレスルームまで一連のスタジアムの施設を視察することができました。 それぞれの部屋は、補色同士で塗装され、まるで舞台セットかのようでした。ロッカールームにはサーモン色のビニール床と淡色の壁があり、他の部屋にはオレンジ色や薄い青色と金色の装飾が施されていました。それらは完全に人工的な夢の世界を作り上げていて、本のなかで最も強力なイメージを放っていると思います。

width=“100%"

-日本に住む多くの人は北朝鮮の人々の生活を知りません。だからこそ、この本から学ぶものは大きいと思います。最後に、まだ北朝鮮に行ったことのない人々にメッセージをお願いします。

私がこの本を書いた理由の一つに、実際に北朝鮮に訪問して、自分自身の目で北朝鮮を見る人が増えて欲しいという思いがありました。北京には北朝鮮ツアーを企画しているいくつかの企業があり、北朝鮮に行くこと自体はそんなに難しいことではありません。実際に行ってみて、北朝鮮の人々は本当に友好的で好奇心に満ち溢れ、外国の人々に会ってみたいと感じているようだと思わされました。また地元のガイドの人は、皆さんが考えるような機械的に書かれた原稿を棒読みをする警備員のようなものではなく、人情に溢れた普通の人です。北朝鮮という国において人々は依然として貧困に苦しんでいます。けれど、現在バブルの渦中にあり、スマートフォンや車、 お店やレストランにアクセスできる平壌では、私たちが普段送っているものに近い“現実的な生活”を送れる可能性が示唆されています。ファッションは日々変化していて、人々は西洋式の服を着て、カフェに行ったりしています。 実際に入ってみると想像以上に親しみやすい国だった北朝鮮(少なくとも私がいった平壌)には外から見る以上に多くの側面があります。

width=“100%"

パステルカラーで塗りつくされた遊び心ある形の建築物、外国人に興味津々の親しみやすい人々、どれも既存の北朝鮮のイメージを一新するようなものばかり。

オリバーの写真を見て、初めて、北朝鮮は遠い異世界なんかじゃない、隣にある国なんだ、と思えたような気がする。近くて遠い、北朝鮮のことをもっと知りたくなってしまったの筆者だけ?

Oliver Wainwright(オリバー・ウィンライト)

FacebookTwitterInstagram

width=“100%"

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

Share
Tweet
★ここを分記する

series

Creative Village