「大学に意味を感じなかった」。人気アニメの作者・スウェーデンの“デジタルネイティブの実態”

Text: Noemi Minami

Photography: Cho Ongo unless otherwise stated.

2018.3.21

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アニメ好きは知っているかもしれない。2014年1月にYoutubeに投稿され話題をかっさらったアニメ、『せんぱいクラブ』。スウェーデンの高校生2人組によって作られたこのDIYアニメは、トーストを口にくわえて学校まで走る女子学生の姿やパンチラなど、“お約束”をもったいぶらずに盛り込んでいる。

高校に入学した主人公が謎の「せんぱいクラブ」という部活に出会うところから物語は始まる。その部活にいるのは、ヒーローせんぱい、ロックンロールせんぱい、ボウルカットせんぱい、バンチョーせんぱい、お嬢様せんぱいなど、日本のカルチャーに親しみのある人ならクスッとしてしまうようなキャラクターたちばかり。日本のアニメをオマージュし見事日本のアニメファンを虜にして再生回数は投稿されてすぐ90万回に。2015年にはポニーキャニオンからDVDがリリースされた。

このアニメの魅力はなんといっても片言の日本語。アニメ製作のためだけに日本語を学んだという作者の1人、Eric Bradford(エリック・ブラッドフォード)は高校を卒業し現在フリーランスとしてスウェーデンを拠点に働いている。そんな彼が今回日本に滞在中だというので、Be inspired!は話を聞きに行った。

彼との会話から見えてきたのは、物心ついたときからインターネットが当たり前だった「デジタルネイティブ世代」の実態。教育も仕事も「既存の形にとらわれないDIYスタイル」が今後どんどん増えていくのかもしれない。

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エリック・ブラッドフォード

ー「せんぱいクラブ」の作者ということでまず最初におうかがいしておきたかったのですが、スウェーデンに「先輩」って概念はあるのですか?

ないよ!日本国外の人は「先輩」って概念をアニメで知るんだと思う(笑)しかもすごく美化されていると思う。スウェーデンと日本では文化がすごく違うから一概には言えないけど、日本は階層的だし、「敬語」とか「タメ語」とかにわけられているよね。個人的にはスウェーデン式のほうがいいかな。「先輩」って概念がないのもそうだけど、スウェーデンみたいに「みんな平等」っていう価値観はいいと思う。日本の学校でそれがどう影響しているのかはわからないけど、仕事場では上下関係の度が過ぎることで知られているから…。

ーまさに「せんぱいクラブ」は「先輩」を面白おかしく美化しているから、どう思ってるのか気になりました。

「せんぱいクラブ」はアニメに出てくる「先輩」っていうコンセプトのパロディだから、現実の日本社会のシステムについては触れてないんだ。「せんぱいクラブ」は100%アニメの日本のイメージを元にしている。

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音楽が大好きだというエリック。中野のレコード屋さんで

ーそういうことだったのですね。『せんぱいクラブ』はもともと高校の授業の課題で作ったと聞きました。 

うーん、そうとも言える。スウェーデンでは、卒業するときに卒業制作があるんだ。僕はデザインプログラムをやっていたから、デジタルコンテンツクリエーションに関連した卒業制作にする必要があった。もともとゲームのプロトタイプの構想を練っていたんだけど、それはほったらかしにして放課後に「せんぱいクラブ」を作っていたんだ。それで、卒業制作の提出日の一ヶ月前にやっぱり「せんぱいクラブ」を提出しようって決めた。それにエッセイを書いて一緒に提出しようって。「せんぱいクラブ」のほうが新鮮だったし、基準を満たしていたから。無事卒業制作として通ったよ。

ー1ヶ月前に卒業制作のテーマを個人のプロジェクトに変えられるのはスウェーデンらしいですね!日本だと難しそうな気もする。先生たちの反応はどうでした?

気に入ってくれたよ。学校のプロジェクトのためにやっていたわけではなかったから、意欲的に取り組んでいたんだ。情熱を持って楽しみながらやっていたことだから。学校のプロジェクトだとそうもいかないよね(笑)

ーその気持ちすごくわかります。高校ではデザインプログラムを専攻していたんですね。というか、高校に専攻があるんですね。世界でも教育基準が高いと有名なスウェーデンの学校教育について少し教えてください。

スウェーデンの学校はいわゆる普通の授業ももちろんあるけど、専門性を持つこともできる。一般的には中学校ではあまり多くないかもしれないけど(僕は中学は音楽を専門にした学校に行っていたけど)、高校はプログラムベースで授業が構成されているんだ。僕のはITデザインプログラムだったし、兄はアートベースのプログラムだった。音楽プログラムもあるし、大学に行って弁護士になりたい人とかはハイレベルの一般教育のプログラムを専攻する。スウェーデンの学校には様々な専門コースがあって、一般教育も受けるけど、専門のコースだとそれぞれコースに特化した授業の量が多いってことだよ。僕は3年間で数学は一学期分しかなかったんだ。

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ースウェーデンでは多くの人がその専門性のある高校に行くんですか?

専門性のある高校があるというよりは、高校のなかでコースがわかれてるんだ。僕はITを専門にしてたから、プログラミングとかデザインが多かった。でもスウェーデンでもITはちょっと珍しかったかも。普通のコースでも音楽とかアートのクラスもあるよ。あとは、決まった職業に就くための専門学校もある。その場合は普通の授業は本当に少ない。庭師とか手仕事を職にしたい人のためのコースだと特にね。でもまあ、普通は一つの高校にいろいろな専門コースのカリキュラムがあるんだ。

ーなるほど。でも高校生になる子たちは高校に入る段階で自分のやりたいことってわかってるんですかね?

うーん、職業にフォーカスしたコースじゃない限り、専門性があっても大学で他のことを勉強したいならできるだけの教育が受けれられる。僕はITデザインプログラムを学んだけど、大学で経済を勉強したかったらそうすることができたよ。だから高校では興味のあること集中して勉強できるけど、オプションが狭められるわけではないんだ。大学に行って本当に専門性を持つまではね。

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ー若いうちからリスクを感じることなくいろいろ挑戦できるんですね。今の話を聞いていて、スウェーデンでは時間をかけて自分がそのとき興味があることに挑戦できるからこそ、やりたいことが若いうちから見つかりそうだなと思いました。

そうだね。他の国と比べたらスウェーデン人は若いうちからやりたいことがわかってる人が多いかもしれない。だからこそ大きな国ではないのに、世界的にみても成功しているクリエイターや起業家が多いのかも。スウェーデン社会は人々に機会を与えるのが上手かもしれない。特にクリエイティブな機会を。

ーエリックさんは、今フリーランスでアニメーションやモーショングラフィックス、PV制作などを手がけるフリーランサーとして活躍していますよね。しかも大学には行かず、高校を卒業してすぐフリーランスとして働きはじめ、生計を立てている。スウェーデンならではの教育システムのおかげで今いる場所にたどり着いたと感じていますか?

うーん、僕は個人的にはその恩恵を受けてないかも。大学にも行ってないし、僕は今知っていることは全部自分で学んだから。

ー(!!!) ITの専門性の高い高校でスキルを学んだわけではないんですか?

学校では正直何も学べなかった。高校で教えられたことって、中学の時に自分でインターネットで学んだことだったから。だから学校では時間を無駄にしているだけな気がしていた。でもそれは僕の個人的な体験で、ほとんどの人にとって、学校で学べることは多いと思うよ。でもだから個人的に、僕は大学に行く気がしなかったんだ。もしかしたら何か学べたかもしれないけど、高校は楽しくなかったし、何も得られなかったから学校ってものにうんざりしてた。だから高校卒業後すぐにフリーランスを始めて、日本にも留学したんだ。

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ーまさに“インターネットネイティブ”ですね。

でもインターネットで何かを学ぶのって徐々に簡単になってきているんだよ。ティーンエージャーのときは、いろんなサイトを見つけて学ばなきゃいけなかったけど、今はYoutubeで検索すれば一発だしね。インターネットで何かを学ぶのは僕の趣味だったから、ゲームするのと同じ感覚でやってたんだ。

一度も「これを学ぶ」って思って調べたことはないけどね。いつも楽しいからなにかを作りたくて、その方法を調べるためにネットで調べるって感じだったかな。全部無料だしね。だから大学に行く必要は感じなかった。

ーその「何かを成し遂げるツールとしてスキルを学ぶ」っていうメンタリティは重要かもしれないですね。

その方が簡単だよ。たとえば「こんなゲームを作りたい」って思ったら、そのために3Dモデリングとアニメーションを学ぶでしょ。プログラムを学ぶために、「この本を読んで、練習して…それからゲームを作る」ではなくて。

もちろん、その結果失敗することだってある。でもだから若いうちからやってよかったのかもね。若い人から完成度が高いものが生まれるなんて誰も期待しないから。

ーそれにしてもすごいと思います。今後はどんな活動をしていきたいですか?

今は家賃が払えて、旅行ができるお金が稼げればいい。自分のプロジェクトをする時間をちゃんと取るようにしてる。それが将来的には自分の本当にやりたい仕事につながると思っているから。それで将来は自分のプロジェクトでお金をもらえるようになりたいな。アニメ映画の監督とかPVの監督とかもやりたいし、CMの監督もしたい。

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取材での「インターネットで学びたいことは学べるから大学行く必要は感じなかった」というエリックの言葉から、デジタルネイティブの真髄を垣間見た。もちろんインターネットでは学べないことだってたくさんあるが、もしもやりたいことを成し遂げるために必要なことがインターネットで学べるのであれば必ずしも既存の道を進む必要はないのかもしれない。

インターネットが普及して以来人々のコミュニケーションや働き方は大きく変わってきた。教育や、教育に対する価値観も今後変わっていくのかもしれない。

エリック・ブラッドフォードの新作アニメ

『1000% Initiated! – Satellite Young (The Anime) – Episode 1』

※動画が見られない方はこちら

Eric Bradford

WebsiteYoutube

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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