スケボーと起業には共通点がある。無価値な落花生を「3カ月で3万個売れるピーナッツバター」に変えた男

Text: YUUKI HONDA

Photography: Jun Hirayama unless otherwise stated.

2018.2.2

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“しょうもない1日も美味しいピーナッツバターでちょっとハッピーに”という意味を込め、“HAPPY NUTS DAY”と名付けられたピーナッツバターがある。千葉の名産、落花生を丁寧に加工し作られたそれは、全国津々浦々、約140箇所で取り扱われ、今日も人々を笑顔にしている。

約5年前、「何もない」と言われた九十九里町で産声をあげたスタートアップが、日本中で愛されるピーナッツバターを生み出した秘密とは? そして、衰退傾向の地域産業を盛り上げる秘訣は?

誰も知らなかった“いらない落花生”の価値を掘り起こし、周囲を、そして日本を巻き込み始めた、とあるスケーター兼起業家に話を聞いた。

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“いらない落花生”が3カ月で3万個売れるピーナッツバターに生まれ変わったワケ。

創業者の一人でもある友達が九十九里町出身で、彼に「なんか面白いことしよう!とりあえずこっちに来て!」と呼び出されて、2人で地元農家の畑に行ったのが始まりですね

今回話を聞いたのは、HAPPY NUTS DAY(以下、HND)の代表、中野 剛(なかの ごう)さん。「ニューヨークの高校に行った理由の一つはスケートです」という生粋のスケーターでもある。

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HAPPY NUTS DAY代表の中野 剛さん

中野さんが呼び出されて向かった九十九里町にあったのは、「でかいビーチと海と畑だけ」。地元の人間は「何もない」と自虐するような環境だったと彼は懐かしそうに語る。

普通なら「なんか面白いこと」を始めるには適していないように思えるだろうが、ここから始まった「なんか面白いこと」は、やがて日本中に笑顔をもたらすピーナッツバターを生み出すことになる。

その落花生いらないからおまえらにやるよ!

“はねだし”や“ガチャ”と呼ばれ、形が悪いから商品になりづらい落花生を中野さんが手にしたのは2012年の春。ちょっとだけブサイクな落花生を見て、中野さんは「これってピーナッツバターになんのかな?」と思った。

友達の母ちゃんに道具を借りて作り始めたのが最初。だいたいうまくいかないんですけど、「おいしいねこれ!ピーナッツバターみたいじゃん!」って。それを2人でやりながら、畑も借りて、まわりを巻き込みつつどんどんはまっていったんです。まあ当時は好きな仲間と集まる口実に過ぎなかったんですけどね。今もそうですが、この時から大事だったのは、「大好きな仲間と何かをすること」だったから。だから集まっても結局スケートして、サーフィンして、BBQして。ピーナッツバターにかける時間なんて10分ぐらいでしたよ(笑)

“ちょっとブサイクな落花生”にのめり込み、地元の道の駅で売るなどしているうちに、ビジネスとして本格的に取り組もうと思い始めた中野さんは、後に二人のメンバーを加え、2013年の夏に起業。それを周囲に話していると、いきなり大きな依頼が舞い込んだ。原作のタイトルが「ピーナッツ」である世界的に有名なキャラクター、スヌーピーとのコラボ商品を売り出すことになったのだ。

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スヌーピー×HNDのピーナッツバター

依頼を受けたのは偶然だったんですけど、このときはピーナッツバターを5,000個作ることになって、まず焙煎するための工場を探したんです。でも実績のない若造が電話口で1トンの発注をお願いするもんだから、「いきなり1トンなんてあるわけねえだろ!」って断られまくり。しかも3件目ぐらいから「聞いてたぞお前、噂の詐欺師だろう!?」みたいな。落花生の業界は横のつながりが強いから、すぐに話が広まってて苦労しました。まあなんとか納期に間に合わせて、最終的に3カ月で3万個売れたんです。そしたら「こいつら大丈夫だな」となり、ようやく製造ラインが安定しました

九十九里町の魅力を全国に発信する架け橋になる

スヌーピーとのコラボの大成功がきっかけになり、落花生業界で信頼を得たHND。これが飲食業界に飛び火。口コミを中心に少しずつ名が売れていき、今では全国約140カ所でHNDのピーナッツバターが取り扱われている。「おれらが思う最高のピーナッツバターを作る」ことで、図らずもその純粋さが伝わり、多くのファンを生み出してきた。

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糸井重里さんが代表を務めるほぼ日刊イトイ新聞とコラボ。

中野さんの憧れだった糸井重里(いとい しげさと)さんと合同で商品を世に出し、ビジネスとしての基盤が固まった今、じゃあ次に見据えるのは?HNDの原点、九十九里町の魅力を内外に伝えることだった。

最近は九十九里町のおばあちゃんやおじいちゃんから、「九十九里町には美味しいイワシやハマグリがあるんだけど、これもどうにかならない?」っていう声が届き始めていて。落花生の新しい価値を生み出した実績が周知されたことで、僕らにそういう声が届き始めたんでしょうね

HNDが地道に続けてきた活動が今、信頼という形になって可視化され始めている。この機を逃さず中野さんが仕掛けたのが、九十九里町の魅力を伝えるための体験型ワークショップ、「HAPPY DAY TRIP」だ。

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「HAPPY DAY TRIP」のロゴ。
テストを兼ねた初回は全てのツアーがほぼ完売。
現在継続開催を目指して奮闘中。

「HAPPY DAY TRIP」は、九十九里町の場と産物の魅力をもっと伝えていくために始めました。ここ4年で九十九里町にある保育園が4校も廃校になり、アクセスのいい国内屈指のサーフィンのメッカなのに、東京五輪の会場候補にもなれなかった。この現状は変えないといけないと思っています。だから廃園した海辺の保育園を拠点にして、プロサーファーの市東重明(しとう しげあき)さんにサーフィンをレクチャーしていただいたり、九十九里町の産物であるイワシやハマグリを使ったBBQを楽しんでもらったり、視界が360度良好なビーチでヨガをしてみたり。九十九里町にあるいろんなものを組み合わせた日帰りツアーが「HAPPY DAY TRIP」です。ピーナッツバターだって、「形が悪いから価値がない」とされていた落花生に新しい価値を見出して、より多くの人にその魅力を届けることができたんですから、「何もない」と言われる九十九里町も、工夫次第でもっと広いところに届けることができると考えています

誰も見出さなかったところから価値を創り出せたワケ

誰もその価値を見出していなかった落花生を生まれ変わらせ、何もないと思われていた九十九里町町の埋もれていた価値を掘り起こす。中野さんのその視点は、意外にもスケートボードに通ずるという。

スケーターって、みんなが通り過ぎるなんてことのない階段や手すりや花壇にすごくワクワクするんです。今そこにあるものから新しい価値を見出せる視点がある。たとえば誰もが「いらねえよ」と言った落花生を、「これピーナッツバターにしたら最高じゃん!」とか。廃校になった保育園を、「これツアーの拠点にしたらいいじゃん!BBQなんてしたら最高だよ!」って。落花生と同じように、埋もれていた価値を掘り起こすことができるんです

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また、いい意味でこだわりが強く、悪い意味で閉塞した地元農家の社会にも新たな視点を持ち込み、価値の再確認を促した出来事があった。

農家さんって1日中現場で働いてるから、自分たちの仕事の価値を客観的に見ることができなくなりがちなんです。後継ぎが見つけられない問題の一因がここにあります。創業当初、僕のスケート仲間を30人ぐらい連れてきて、畑仕事をさせていたんですが、彼らは収穫の時、一個の株を引っこ抜くたびに「うおおおお!」って喜ぶんです。普段は土なんて踏まないからその感触だけでもう大騒ぎ。それを見ていた農家のおじいちゃんたちが、「そんなに楽しいのか?」「なんか俺らも楽しくなってきたぞ!」って目を輝かせ始めたんですね。それを見て僕は、「この摩擦はすごい価値がある」と思ったんです。それで始めたのが「School of Peanut」というイベント。都会から人を呼んできて、畑仕事をしてもらって、収穫からピーナッツバターになるまでの長く繊細な工程を詳しく知ってもらうんですが、その過程で農家さんには農業の価値を再確認してもらえるし、参加者には日本の落花生とHNDの製品の価値を知ってもらえる。いろんな気づきが生まれるんですよ

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「School of Peanut」で種を落花生の植える参加者

「6次産業化の圧倒的な成功例になる」。HNDが目指す次の5年。

スケートから学んだ着眼点も生かして成長してきたこの5年。一つの節目を迎えた今、新たな5年に向けたビジョンを中野さんは話してくれた。

6次産業*1の圧倒的な成功例を作りたいと思っています。「あのスケーターのバカどもにできたんだったら、俺らもできるだろう!」みたいな。全国の地域産業に関わる人たちの夢になりたい。それはもちろん会社の規模や数字の面でもそうですが、単純に俺らの仕事が「かっこいい」と思われたいんです。全国の地域産業に後継ぎがいないのは、「なんかかっこ悪い」というイメージがあるというのも大きいんですよ。本当はかっこいいのに。だからかっこ悪いというイメージも変えていきたい。5年後には結果を出したいですね

(*1)6次産業とは、農林漁業(1次産業)の生産物が元来持っている価値をより高め、生産者が食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)も手がけて新たな価値を生み出すことを指す(1次産業×2次産業×3次産業=6次産業)。

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今年で5周年を迎えたHND。これから彼らが目指すのは、さらなる成長への前進だった。今や6次産業界の旗頭に躍り出ようというHNDのストーリーは、全国の地域産業の従事者に勇気を与えつつあるのではないだろうか。

日本全国で地域の産業を盛り上げようという機運が高まりつつある昨今、マイノリティ産業の成功例として教科書に載るような活躍を、彼らは今後も見せてくれるだろう。相変わらず、まわりのすべてを笑顔にしながら。

HAPPY NUTS DAY

WebsiteInstagram

「大好きな仲間と、大好きな場所で、大好きなピーナッツバターを、世界の誰にも負けないクオリティでお届けする。」をスローガンに、2013年に創業されたピーナッツバターブランド。口コミでじわじわと人気を集め、現在国内約140箇所で取り扱われている。

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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