「女に甘い男=フェミニスト」なんて時代遅れ。“男”も“お金”も大きく動く欧米フェミニズムの現状

Text: Lisa Tani

2017.10.15

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辞書は鏡であり、鑑である。

これは著名な日本語学者であり、三省堂国語辞典の編纂者である見坊豪紀(けんぼうひでとし)の言葉だが、この辞書編纂哲学とでも言える精神は他の辞書にも見受けられる。

例えば、現在の小型国語辞書の基盤となったと言われる明鏡国語辞典はその名に明鏡という言葉を冠し、その精神を明確に映し出している。

広辞苑は、紛うことなく日本の辞典を代表する辞典だ。

その広辞苑の、10年に一度の改定作業を目前に、一つのキャンペーンが展開されている。

フェミニストアートコレクティブの明日少女隊による広辞苑のフェミニズム及びフェミニストという言葉の再定義を訴えるキャンペーンだ。

驚くことに、広辞苑では現在、フェミニズムが「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論」と、そしてフェミニストが「女性解放論者。女権拡張論者。俗に、女に甘い男」と定義されているのだ。

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フェミニズムが女性のためのものという大間違い。

英語でジェンダー学を勉強してきた筆者は、これを読んだ時に、なぜ日本でフェミニズム、そしてフェミニストという言葉にこんなにも嫌悪感を抱く人が多いのか、さらに世界経済フォーラムが毎年発表しているGender Gap Indexでの日本の順位が世界144カ国中111位(2016年度)という先進国としては考えられないほど低い地位にたらしめん理由が分かった気がしたのだった。

英語では、近年フェミニズム及びフェミニストという言葉はもっぱらオンライン版メリアム=ウェブスター辞典の定義を以って”the theory of the political, economic, and social equality of the sexes”(性別間の政治的、経済的、そして社会的平等の理論)ならび”a person who believes in social, political and economic equality of the sexes”(性別間の政治的、経済的、そして社会的平等を信じている人)と定義されている。

この定義は、国連機関UN Womenの親善大使であるエマ・ワトソンによるキャンペーン『HeForShe』の立ち上げを宣言するスピーチや、フェイスブックのSheryl Sandberg(シェリル・サンドバーグ)著書のミリオンセラーとなった『Lean In(リーン・イン)』、DiorのTシャツにそのタイトルがプリントされたのが記憶に新しい作家Chimamanda Ngozi Adichie(チママンダ・アディーチェ)のテッドスピーチ『We Should All Be Feminists(みんなフェミニストになるべき)』、そしてそのスピーチを引用したビヨンセの楽曲『***Flawless』などに引用されているが、そこにはもはや、フェミニズムが女性による女性のためのものであるという記述はない。

なぜならすべての性の人間による、すべての性の人間のためのフェミニズムが今の時代のフェミニズムだからだ。

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お金も男も動く欧米フェミニズムの現状と歴史。

英語の”Feminism”という言葉は元々フランス語の”Féminisme”という言葉を輸入したものである。1890年代に生まれたこの言葉は、当初はもっぱら女性の参政権獲得運動を指すのに使われていた。

20世紀初頭、欧米諸国で女性に参政権が与えられ、2つの世界大戦が起こる中、フェミニズムは一度は衰えを見せたものの、1960年代後半から1970年代初頭にかけ、今度は女性の家庭内や職場、教育現場での平等を訴え再び盛り上がりを見せた。

1980年代、90年代には、中級階級白人女性主導であった第二波フェミニズムのインターセクショナリティー(例えば、たとえ同じ女性であっても、上流階級の異性愛者である白人女性と、労働者階級で同性愛者である有色人種女性の面する性差別は異なるものであると認識すること)の欠落を指摘し、人種や階級、宗教やセクシャリティーを問わずに女性が平等な権利を与えられるように求める動きが始まった。

そしてここ数年でまた、フェミニズムを取り巻く環境は大きく変わった。

世界一広告費が高いとされるスーパーボウルのコマーシャル中、世界最大の消費財メーカーであるP&Gが生理用品ブランドAlwaysの#LikeAGirlと題されたエンパワメント広告を放送したのを封切りに、今ではフェミニスト的メッセージを用いたマーケティング手法であるフェムバータイジング(Femvertising)をしていないグローバル企業はないと言っても過言ではない。

FeministとプリントされたTシャツを着て街を歩く少女たち、パーティーで一晩中熱く生理用品の無償化の必要性やマスターベーションについて語る女性とトランスジェンダーの女性たち。

数年前には考えられなかったそんな光景の中で、最も印象的なのは多くの男性がフェミニズムムーブメントに参加しているという動きだ。

1月に世界各地で行われたウーマンズマーチには、俳優のジェイクギレンホールや映画監督のマイケルムーアを始め多くの男性の姿があった。カナダの首相のジャスティントルドー氏は、自身はフェミニストであると幾度も宣言している。

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「フェミニスト=女に甘い男」じゃなくなる日本を作るために。

2017年9月、ドイツから帰国する途中、レイオーバーで立ち寄ったヘルシンキ空港の売店でサイエンティフィックアメリカンの9月号を手に取った。世界最古の科学雑誌と呼ばれる権威あるその雑誌の表紙には、ピンク色の背景に白色の文字で、”It’s Not a Women’s Issue”(それは女性の問題ではない)と印刷してあった。

筆者には、その言葉にここ数年の欧米でのフェミニズムの考え方が集約しているように思えるのだ。

フェミニズムはもはや女性が女性の問題の解決を目指す運動ではなく、人種、階級、ジェンダー、セクシュアリティーが複雑に絡み合う権力関係を分析し、それを平等化するために、すべての性の人間が推し進めなくてはならないものなのだ。

ポストトゥルース時代に生きる私たちには、ますます客観的に導き正してくれる鑑が必要だ。

「鏡」としての辞書として、フェミニストは「女に甘い男」などという英単語を間違って解釈したカタカナ英語を掲載することも、それが果たして「鑑」としての辞書として本当に正しいことなのだろうか、広辞苑編纂者の方々には今一度、己の姿を鑑みていただきたい。

明日少女隊の「広辞苑キャンペーン」について詳しくはこちらから。

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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