「動物の権利よりも、人権に関心がある」。米研究者に聞いた、これからの動物と人間の“フェアな関係”

Text: Jun Hirayama

PHOTOGRAPHY : ©LUSH

2018.2.6

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今から4年前、カネボウ化粧品の化粧水を使用した約2万人の肌に「白い斑点」ができた事件が起こったのを覚えているだろうか。(参考:日経新聞

「ぼく/私は化粧水を使わないから関係ない」とか「自分には起こってないし関係ない」と思う人もいるかもしれないが、実際にはそうでもない。なぜなら普段使用している「動物実験で安全と判断された化粧品や医薬品」は、30%~60%しか人体への安全性を予測できていないからだ。日本では化粧品大手の資生堂などが社内外での動物実験を廃止しているが、いまだに多くの化粧品や医薬品が動物実験を使って開発され、市場に出回っている。

安全性30%~60%ということは、平均して約50%。口に入れたり、目に入れたり、肌に塗ったり…命や人体の健康に関わる化粧品や医薬品の「約半分が危険」と聞いたら、誰もが「え、安全性低すぎるよ(汗)」と思わないだろうか?その安全性の低さゆえに起こったのがカネボウの事件なのだ。

冒頭から脅かすわけではないが、筆者がこの耳を疑うような驚きの事実を聞いたのは、昨年11月に東京で開かれた日本動物実験代替法学会に参加したときのこと。そこで動物実験の安全性の低さを「コインを投げて表が出る確率とほぼ変わらない」とたとえていた英国出身の科学研究コンサルタント レベッカ・ラム氏は、「人間と動物では種の差があるため、動物実験では人間にとって100%安全かどうか知ることはできない」と語った。

では、どうすればいいのか?動物実験以外に方法があるのか?

そこで今回Be inspired!は、“代替法(だいたいほう)”という「動物の命を無駄にしない」+「人間の体に安全」な化粧品や医薬品を開発する実験方法があることを紹介したい。

日本人が知らない、人間にとっても、動物にとっても「より良い社会の作り方」とは。

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“Reduce、Reuse、Recycleじゃないほう”の「3R」を知ってる?

突然だが「3R」と聞いて何が頭に浮かぶだろうか?学校で習った「Reduce(リデュース)、Reuse(リユース)、Recycle(リサイクル)」の3つの英単語が思いつく人がほとんどだろう。最近では、拒むという意味がある「Refuse(リフューズ)」や修理を意味する「Repair(リペアー)」などを含み、「5R」と呼ばれることもあるそうだが、結局伝えたいのは「ゴミを減らそう!」ということ。でも、この3Rではなく、学校では習わない3Rが世の中に存在する。それは「動物実験」を廃止するための「3R」。

「動物実験とは?」と思う人も多いかもしれないので簡単に説明すると、医学研究や新薬開発、化粧品、日用品、食品添加物、農薬、工業用品など化学物質の毒性試験や、生理学、栄養学、生物学、心理学などの基礎研究、大学や学校といった教育現場における解剖や手技訓練などの実習、あるいは兵器開発などの軍事まで、私たちが暮らす社会のあらゆる分野で行われている動物を使用した生体実験のこと。

人が動物の命を“使用する”と表現するのは心苦しいものだが、悲しいことにそれが現実。世界中で、毎年1億1530万頭以上もの動物が実験の犠牲になっているといわれているのだ。動物実験に使用される動物は、マウスやラット、モルモットだけではなく、犬や猫、ウサギはもとより、鳥類、魚類、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ウシ、さらにはサルやチンパンジーなどの霊長類に至るまで、種類は多岐にわたる。

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「医学の進歩のため」「科学の発展のため」といった大義名分のもと、動物に毒を飲ませ、有害物を皮膚に塗ることで無理やり病気にさせ、肉体的にも精神的にも苦しめ、そして殺してしまう動物実験。その残酷な実態は内部告発や潜入調査などで、ほんの一部が表に出ることはあっても、未だに行われ続けている現状がある。もちろん日本でも。

そんな動物実験をなくすために作られた3Rの原則が「Reduction(リダクション)」、「Refinement (リファインメント)」、「Replacement(リプレイスメント)」。いわゆる“学校で習わないほうの3R”だ。

①Replacement(リプレイスメント)=動物を使用しない実験方法への代替

②Reduction(リダクション)=実験動物数の削減

③Refinement (リファインメント)=実験方法の改良により実験動物の苦痛の軽減

(参照元:JAVA

ここで①の「リプレイスメント」にあたるのが、リードでも登場した、動物実験に代わる実験方法「代替法」だ。そんな動物実験に頼らない研究開発支援や動物実験の廃止に向けた活動を推進することを目的とした世界最大の基金「Lush Prize(ラッシュプライズ)」が英国生まれのコスメティックブランド「LUSH(ラッシュ)」によって毎年ロンドンで開催されており、Be inspired!はその授賞式に参加し、①のリプレイスメントについて詳しく聞いた。

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「動物はモノじゃない」。“21世紀の毒物学”と呼ばれる「代替法」って?

2017年11月10日。雨の多いロンドンにしては珍しく、雲一つない秋晴れのなか開催された「Lush Prize 2017」。

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今年の応募は過去最高の38カ国からあり、そのうち11カ国、18プロジェクトが受賞。応募数が年々増えていることを見ると、世界の興味関心が高まっていることが言える。

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去年に引き続き日本の研究者がノミネート。高崎健康福祉大学の小山智志氏が「若手研究者部門アジア」を受賞した。彼はヒト由来の材料を用いて肝臓における代謝酵素の変動を評価する実験法を構築する研究をしており、賞金約140万円を獲得した。

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「若手研究者部門アジア」を受賞した高崎健康福祉大学の小山 智志氏

2012年に開始し、6回目を迎えたLush Prizeは、動物実験に終止符を打つ活動を行う活動家や科学者を支援することを目指しており、これまでに科学者や活動家に約2億5,000万円(180万ポンド)の資金を提供している。

あくまでも同イベントは動物実験廃止を目的としているため、動物実験を減らしたり(リダクション)、動物実験での痛みを減らしたりすること(リファインメント)ではなく、先ほど紹介した3Rのうちの1R「リプレイスメント(代替法)」を開発する活動のみを支援の対象としている。代替法とは、“21世紀の毒物学”と呼ばれており、動物実験のない未来の実現のために最も効果的だと考えられる最先端科学の研究だ。

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Lush Prizeに出席したLUSH創立者のマーク・コンスタンティン氏

それは今から50年以上も前のこと。人間のために多くの動物の命を犠牲にする動物実験に疑問を抱き、反対する欧米各国の市民の気運が高まったことで、研究界でも「動物はモノではない」と認識せざるを得ない状況になり、生きた動物を使用しない新しい実験方法が開発されるようになった。その新しい実験方法こそが代替法だ。(参照元:JAVA

そんな代替法は動物実験と比べ、人間の細胞を使って直接人体への影響を調べることができ、試験物質や有毒廃棄物が少量で済むので、環境保護や実験の安全性向上につながる。また、コストと時間も大幅に削減できる。「動物を殺さない」という倫理面からだけではなく、科学的・経済的にもメリットがたくさんあるのだ。

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Lush Prizeで振舞われた料理は、全て動物性食品を使用しないビーガンフード

「私は動物の権利より人権に関心がある」。受賞した科学者の視点とは

もっと代替法の研究を進め、動物実験よりも正確であることを証明していかなければいけない

そう語るのは、今年のLush Prizeに参加した際に話を聞くことができた米ハーバード大学のジェニファー・ルイス博士。

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「サイエンス賞」を受賞した米ハーバード大学のジェニファー・ルイス博士

Lush Prizeで「サイエンス賞」を受賞した彼女は、オーガンズ・オン・ア・チップ(生体機能チップ)と呼ばれる、ヒトの組織や臓器の生理学的機能をメモリースティックくらいの大きさのチップ上に再現する代替法の研究をしている。

動物実験がどれくらい安全性を予測できるか怪しいなかで、開発中の新しい代替法も、少なくとも動物実験と同じか、それ以上に安全性が高いと予測することが可能だと証明し、製薬会社を納得させないといけない。そのために現在、すでに複数の製薬会社とは提携を取り、研究のデータをシェアしている。そのデータが役に立つとわかれば、代替法の研究結果を使ったほうが正確だと認めてもらえる。科学は産業の10~20年先を行っているので時間はかかると思うが、産業が代替法を徐々に受け入れてくれれば、市場に安全な商品を送ることができる。そうやって、消費者に安全な選択肢を提供することが私のような研究者の役割だと思うわ。

既存の動物実験が現在行われている化粧品や医薬品の開発で一般的になってしまっているため、代替法使用への移行には少し時間がかかるというのだ。また、科学者の役割だけでなく、化粧品や医薬品を開発する企業や消費者の役割もジェニファー博士は教えてくれた。

いつか科学が産業に追いついたとき、企業が安全な商品を消費者に提案することができる。たとえば、一つの企業を擁護するわけじゃないけど、動物実験をせず、代替法で人体への安全性を確かめている商品を販売するLUSHのように、消費者に選択肢を与えられる。そういったブランドがいくつか台頭することで、他のコスメブランドは選ばれなくなるかもしれない。企業を選ぶのは消費者で、市場を動かすことができるのも消費者の力なのよ。

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最後に「なぜ代替法の研究をしているのか?それは動物実験廃止のためなのか?」と彼女に聞くと「私の研究は動物のためというより、人間のためにしている」という意外な答えが返ってきた。

実はアニマルライツ(動物の権利)の活動に参加したことなんてないわ。トランプ大統領の抗議デモやウーマンズマーチには参加したことがあるけど(笑)。もちろん医薬品や化粧品産業による動物実験を終わらせたいけど、私は動物の権利より人権に関心がある。

アメリカには、私の研究である「3Dプリンターを使って作られた腎臓」を必要としている患者さんがたくさんいるんだもの。私の研究は人の命を救うことが中心となっているかもしれけど、それと同時に動物の命を救うことにもつながっている。

「動物の命を守りたい」というわけではなく、コインを投げて表が出る確率並みの安全性しかない動物実験より、代替法のほうが正確だし、より多くの人の命を救うことができるから代替法を推し進めたほうがいい。そう考えるジェニファー博士の話を聞いて気づかされたことは、「動物実験をなくすためのデモに参加すること」「人の命のために代替法の研究をすること」「自分の健康のために、動物実験ではなく代替法を使用して開発された化粧品・医薬品を買うこと」もすべてアプローチが違うだけで、たどり着く世界は一緒だということだ。

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自分、動物、他人のどれが一番大事?アプローチは違ってもたどり着く世界は同じ

動物実験を廃止しようという取り組みへのアプローチは、あなたが「自分」、「動物」、「他人」のどれを最も大事にしたいかによって変わってくるかもしれない。あなたは、あなたが一番大事にしたいものを優先して物事を選択していけばいいのだ。

2013年に化粧品の動物実験の実施と、動物実験を用いて開発された化粧品の販売が全面禁止されたEU諸国、イスラエル、インドとは異なり、動物実験禁止の法律が存在せず、代替法の開発も大幅に遅れている日本でも、あなたができることはたくさんある。

「自分の命」を守りたければ、安全性の高い代替法を使って開発された化粧品や医薬品を探して買えばいいし、「動物の命」を守りたければLUSHや、資生堂のような動物実験を廃止している企業の商品を買ったり、動物愛護団体の活動をサポートしたりすればいい。「他人の命」を守りたければ、今回取材したジェニファー博士のように、代替法を研究する科学者になることも一つの選択だろう。

2018年を迎え、「新しい習慣づけ」を試みる人も多いかもしれない。動物実験が使われていない薬を買ってみたり、自分の体にとって安全な化粧品を探してみたりしてはどうだろうか?

LUSH

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今回、Lush PrizeにBe inspired!編集部を招待してくれたフレッシュハンドメイドコスメ LUSH(ラッシュ)は、現在いろんなカタチの愛で溢れる世界にするために「#SharetheLove」というハッシュタグを掲げたバレンタインのキャンペーンを実施中。2018年1月14日(日)より限定アイテムが発売された。「#SharetheLove」のハッシュタグとともに、いろんなカタチの愛をシェアして世界中に愛を届けよう!詳しくはこちら

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※1ポンド=140円で計算しています

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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