「女子生徒にスカート着用強要」という中身がなくて、古臭いルールが社会からなくなるべき理由

2017.10.15

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スポーツをするのが大好きなオーストラリアの11歳の女の子、Sofia Myhre(ソフィア・ミーレ)。彼女は小学校の制服でスカートを着なければならないせいで、休み時間に男の子みたいにスポーツができないのに怒りを感じていたという。そこで文部大臣に「女子生徒が制服のスカートを強要されることは公平ではない」と手書きの手紙を出し、なんと小学校の規則を変えてしまった。確かに…。この話を聞くと今まであまり考えても見なかったが、不思議に思ってしまう。そもそもなんで女の子はスカートを強要されなきゃいけないの?

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ソフィアちゃんの文部大臣に向けた手紙
Photo via GOOD

スカートを履かなければならないというルールに意味はあるのか。

スカートを履きたい子も入れば、履きたくない子もいる。それは女の子にも男の子にも言えることである。ジェンダーや性に関係していることもあれば、そうでない場合でもだ。それなのに現在、ほとんどの制服のある学校では体が女の子の子にだけスカートを強要しているのが事実。あまりにも長いことそれが「当たり前」だったため、疑問にすら思わない人もいるかもしれない。でも11歳のソフィアちゃんの行動から考えさせられることがあるのではないだろうか。

「スポーツをやりたいのに、スカートだとできないから不公平」。実に単純明快であり、確かにソフィアちゃんがスポーツを諦めてまでスカートを履くことに意味はあるのかと聞かれたら、論理的に「ある」と答えられる人はいないと思う。

スカートはそもそも女性権利的視点から見れば、女性に「女性らしさ」を強制する古臭い考えに基づいていると批判の対象になったり、逆に60年代を見れば欧米でのフェミニストが率先してミニスカートを「女性の性の解放」の象徴と呼んだり、実に様々な意味を持つ。そういった面でも考慮することがいろいろあるなか、体の性別が女の子の子にスカートを強制することは不公平だと言える。そしてその上、スカートを履くことにこれといった意味は見つからない。つまり、制服のスカートは中身のないルールだということではないだろうか。学校という教育の場では、多様な思想を尊重できるように自分で選択できるようにするのが当然である。

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日本の先進的な学校ではちゃんと考えている。

この問題について、ちゃんと考えている学校も日本に存在する。愛媛県の西条市立丹原東中では制服改正について男女で統一するか、スカートとズボンを選べるようにするかで生徒たちが中心となって議論が行われている。性的マイノリティの生徒たちに強制カミングアウトさせるような環境になってしまわないかなどを考慮しながら話し合いは今も続いている。(2017.10.16時点)福岡県那珂川町の町立福岡女子商業高校ではすでに制服を、ズボン/スカート、リボン/ネクタイから選べるようにしたそうだ。(参照元:朝日新聞DIGITAL
 
こういった学校はまだまだ少数派だが、今後どんどん増えていくべきなのかもしれない。

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スカートとはジェンダーや性にまつわる日用的なアイテムだからこそ、オプションを作ることが教育の場として当たり前のデリカシーではないだろうか。こういった社会に存在する根本的な意味がないように思える上に、誰かの自由を制限するルールはどんどん変えていかなければならない。

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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