「ジャンル」にとらわれず、ストリートから成功した異色の音楽界のレジェンド二人から学べること

Text: AMI TAKAGI

Photography: ©️Netflix

2018.4.27

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インターネットの時代の今は、人の好みが細分化して溢れている。音楽、ファッション、写真、それぞれが流行りからサブカルチャーまでが細かくわかれてきている。この数が増えていくなかで自分自身のアイデンティティや好みを作り上げるもののカテゴリーが重要になってきているように思える。カテゴリーが増えたことで、人を分類することも増えてきているのかもしれない。しかし、人間は誰であろうと簡単にひとつのカテゴリーに収まらない。もちろん、何かに対して情熱を持つことはいいことだ。とはいえ、カテゴリーひとつで自分自身を定義されるべきだろうか。

私たちは、何についてであろうと、「マニア」や「ファン」という言葉を重視している。それだけでなく、ファンと一口に言っても、どこまで熱狂的かでその人に対する見方が大いに変わる。その熱意の一番の見せ方はやはり、どれほど一筋であるかを伝えることだ。これは、音楽のファンでもそう。したがって、違うジャンルに分類されるアーティストのファンでもあると言うと、甘く見られることがないだろうか?しかし、その一筋さにとらわれているせいで見えないこともあるように思える。違う世界にも視野を広げることは、それまで一途に好きだったジャンルの知らなかった一面が見えてくるのではないだろうか。

今回Be inspired!はゴールデンウィークに合わせ、一つの音楽ジャンルにとらわれずに活動を行ってきたからこそ成功した音楽界のレジェンドDr. Dre(ドクター・ドレー)とJimmy Iovine(ジミー・アイオヴァイン)のドキュメンタリー4部作『The Defiant Ones』(ディファイアント・ワンズ:ドレー&ジミー)を紹介する。

音楽界のレジェンドで、著名なコンビのドキュメンタリー

二人は「b」のマークが印象的なBeats by Dre(ビーツ・バイ・ドクター・ドレー)のヘッドホンで知られるBeats Electronics(ビーツ・エレクトロニクス)を立ち上げ、2014年にアップル社と30億ドルの契約をしたことで有名。

しかし、彼らのストーリーはそれだけではない。3月23日よりNETFLIXで配信が開始されたこの作品は、Allen Hughes(アレン・ヒューズ)監督が手がけた、異なるバックラウンドを持ちストリートから成功した二人のドキュメンタリーだ。ヒューズは21歳の若さで映画『ポケットいっぱいの涙(原題:Menace II Society)』を双子兄弟でプロデュース、そして監督したことで知られている。『ディファイアント・ワンズ:ドレー&ジミー』は、アレンが3年間に渡って撮影し、制作。ドレーとアイオヴァインの独占インタビューに限らず、数々の大物アーティストのインタビューも収録。ライフストーリーにとどまらず、ロックンロールそして西海岸のヒップホップの歴史を二人の過去を語りながら探る。ドレーとアイオヴァインが持つ音楽への熱意から生まれた予想外なコンビのサクセスストーリーだ。

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アレン・ヒューズ(左)ドクター・ドレー(右)

バックグラウンドの異なる二人にあった一つの共通点

ドクター・ドレー、本名Andre Romelle Young(アンドレ・ロメル・ヤング)は1965年生まれ、西海岸のカルフォルニア州コンプトン出身。薬物を使用し、家庭内で暴力を振るう実の父と義理の父から身体的虐待を受けた彼。しかし、時代が時代で「暴力は当時のコンプトンでは当たり前だった」と作品のなかでドレーの母は話している。彼は、母親の愛情に育てられたのだ。一方、ジミー・アイオヴァインは、1953年生まれでニューヨーク州ブルックリン出身。イタリアから移民してきた祖父母を持つ家に生まれた彼の祖父と父は港湾で働く労働者で、家族みんな仲が良く、愛情に溢れた家庭に育ったという。

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ドクター・ドレー

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ジミー・アイオヴァイン

生まれたときから音楽とつながりを感じたドレー。母が開くホームパーティーでのレコードの選曲は自然と幼いドレーがやっていたという。早くにヒップホップを見つけたドレーは、コンプトンのドラッグと暴力から逃れようと音楽に熱中した。そして、初めてレコードの「スクラッチ」*1を目の当たりにしたときに天職を見つけたのだ。それから、毎日のように練習し、母のクリスマスプレゼントのミキサーでレコードし始めた彼は、近所の子どもたちに作ったテープを売り小遣い稼ぎをしていたという。一方、男子校のカトリックスクールに通わされていたアイオヴァイン。昔から学校が嫌いだった彼は、学校から逃れるためにギターを買い、バンドを結成した。そのバンドは続かなかったが、父が彼を港で働かせようとするのから逃れようとしたときにプロデューサーの職を知る。どうしてもその職に就きたくなったアイオヴァインは、いとこのつてでレコードスタジオの掃除係のバイトを始めたのだ。

(*1)スクラッチはレコードをこすって効果音を出すテクニック。レコードを前後に動かすことで音を作り出すことをいう

異なるバックグラウンドを持つふたり。それでも、大事な共通点が一つある。それは、自分の手で何かを作り上げたいという信念だ。ドレーは、当時の環境から自分を逃避させて音楽に専念すること。アイオヴァインは、親の決めた道から外れた自分で見つけた道を進むこと。きっかけが違うとはいえ、彼らは自らの力と精神で音楽への道を切り開いたのだ。

「やり遂げる熱意」を自分自身に根付かせた二人

ドレーはヒップホップ、アイオヴァインはロックンロール、そして互いのジャンルから影響を受けた。ミックステープを作り始めたドレーは、DJ活動を開始。今まで一般的には聞かない二つのテンポをアレンジしてDJをしたドレー。すぐさま人気になり、DJグループのマネージャーに誘われ、「World Class Wreckin’ Cru」(ワールド・クラス・レッキング・クルー)のメンバーとして活動を開始。人気の絶頂は旅をしながら毎週末DJをしていた。クラブで踊ることや恋愛のことは頭になく、彼はとにかくターンテーブルでDJをしたかった。

一方アイオヴァインは、偶然と出会いが重なり当時駆け出しのロックレジェンドBruce Springsteen(ブルース・スプリングスティーン)のブレイクアルバム「Born To Run」(明日なき暴走)のエンジニアとして名を上げた。しかし、この転機は、単に大物となるアーティストのブレイクアルバムを手がけたことからきたものではなかった。このアルバム制作を通して初めて、必要とされている仕事をこなす以上に、心と身体の全てを入れて音楽を制作するということを経験したのだ。スプリングスティーンと仕事をすることで身についた労働に対する倫理観こそが、彼を成功へと導いたといえる。

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ドレーとアイオヴァインは、やり遂げる熱意を自分自身に根付かせたのだ。しかし、今回のドキュメンタリーでは彼らのそれぞれの成功談を語っているのではない。二人は、お互いに音楽、そして自らがカテゴライズされるジャンルに影響を受けたものの、常に違う世界を求めていたことが映し出されている。二つのジャンルの融合があってこそ、サクセスストーリーは生まれたのだ。

新しいことをしたいなら、 常に新しい世界を見よ

新しいことをしたい人は、常に新しいものを求めてなくてはならない。だからこそ、ひとつのことに専念し、磨くだけでは見えてこないものもある。そこにいつも目を向けていたのがドレーとアイオヴァインだ。ドキュメンタリーでドクター・ドレーが一言、「カート・コバーンのニルヴァーナ、彼らは俺の一番好きなロックグループだ」と言っているが、自分の好みにとらわれず音楽という世界の全てを視野に入れていた。ヒップホップとロックンロール、普段は別物と見られるふたつのジャンル。だがジャンルの歴史から見えてくる、双方のつながりをドレーは忘れずにいた。

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しかし、存在するものをまたなぞるのでは新しいとはいえない。アイオヴァインは、ロックの括りにとどまらず新たなアーティストや才能を求める信念があってこそドレーに辿り着いたのだ。スプリングスティーンがジミーのキャリアは前進することを全く恐れないことからくる」と語っているように、彼は常に次を見ていたのだ。そうだったから、U2(ユーツー)、Stevie Nicks(スティーヴィー・ニックス)、Eminem(エミネム) やLady Gaga(レディー・ガガ)、2PacことTupac Shakur(トゥパック・シャクール)とドクター・ドレー本人まであらゆる有名アーティストのプロデュースを手がけてきたのだ。ドレーは、当時DJとして活動していたグループから離れて独り立ちし、ギャングスタ・ラップのパイオニアとされるヒップホップグループN.W.A(エヌ・ダブリュ・エー)*2を結成した。彼は、自分の才能を信じて、自らの手で新たなものを作りあげることを決意して自分を成功へ導いた。

(*2)ネットフリックスで配信中の『Straight Outta Compton(ストレイト・アウタ・コンプトン)』でストーリーを描かれた伝説的なヒップホップグループ

過去を見ることで見えてくること

繰り返すが、このドキュメンタリーは、それぞれがどのように互いのジャンルで名をあげたかの話ではない。ドレーとアイオヴァインは、一つ一つの成功に執着せず、常に新たなチャンスや才能を求めていた。そこで誕生したのが予想外なコンビのサクセスストーリー。2人の異なる過去から見えてくるのが、ヒップホップとロックンロールの普段気づかれないつながりや共通点を尊敬しあうことで広がった道だ。そして自分の好みにとどまらず、違うスタイルや人に目と耳を傾けることで生まれるものがあること。だからこそ、人は人種や家庭環境などのバックグラウンドで運命は決まらない。一つのことに対しての情熱を持ちつつ、世界に目と耳を傾けることで新たな道を切り開ける、そして自分の人生は自身が変えられると同作は教えてくれる。

予告

※動画が見られない方はこちら

『The Defiant Ones』(『ディファイアント・ワンズ:ドレー&ジミー』)

Netflix

製作:Silverback 5150 Pictures、Alcon Television Group
エグゼクティブプロデューサー:Allen Hughes、Doug Pray(ダグ・プレイ)、Andrew Kosove(アンドリュー・コソーヴ)、Broderick Johnson(ブロデリック・ジョンソン)、Laura Lancaster(ローラ・ランカスター)、Jerry Longarzo(ジェリー・ロンガーゾ)、Michael Lombardo(マイケル・ロンバード)
脚本:Allen Hughes、Lasse Jarvi(ラッセ・ジャルビ)、Doug Pray
編集:Lasse Jarvi、Doug Pray
音楽:Atticus Ross(アッティカス・ロス)、Leopold Ross(レオポルド・ロス)、Claudia Sarne(クラウディア・サーン)
プロデューサー:Steven Williams(スティーヴン・ウィリアムズ)
監督:Allen Hughes

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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